あれから、阿斗からの通信は来なかった。
来ない方が良いと思っていたはずなのに、
何故だろう、胸がもやもやする。

「せっかく皇帝となれたのに、お顔が優れませんな、子桓様。」
「嫌みか、仲達。私の顔はいつもこんなだ。」

そう、私は皇帝になった。
魏の最初の皇帝だ。
役職だけでも父を超えた。
だが皇帝というものは、思っていたよりも心地よいものではなかった。

あいつは今、何をしているのだろう。
そのことが気になって、何をするにも気が乗らない。

「なあ、仲達。蜀は今どうなっている?」
「攻めるには早いと思われますが……」
「攻めるのではない。どうなっているか、と訊いている。」

仲達は信用は出来ないが、信頼は出来る男だった。
先の先まで見る男だ。その腹の内がどうなっているのかはわからないが、とにかく仕事はできる。
わからないことがあっても、仲達に訊けば大抵解決した。
まあ、女の扱い方に関しては、私の方がよく理解しているが。

「蜀は関羽の仇討ちと、呉に侵攻しようとしているところです。まあ、ごたごたしている、というところですな。」


仲達が嗤う。
仲達は蜀が嫌いなようだ。

私もあの国が嫌いだ。
だが、私は嗤う気にはなれなかった。


阿斗……


早く通信をよこせ、馬鹿めが。



つい送信できずに溜まっていく想い。
部下の口癖まで移っている。
ちらりと仲達を見たら、仲達は何か悟ったような顔で笑っていた。

「蜀に想い人でもいらっしゃるのですか?」

この男は……

「いる訳ないだろう。敵国なのだぞ。」

へえ、ふーん、ほお、
仲達はそんな顔をして相変わらず笑っていたが、それ以上は訊いて来なかった。

想い人など…
私はあいつの顔も知らないのに、

まして、あいつは男ではないか。

あいつは腹が立つほどにヘタレで餓鬼だ。

あいつは…





『行かないで!!』




それは突然の通信だった。
阿斗からの、だが様子がいつもと違う。
自分に向けられたものではないようだ。
間違って送信された、みたいな。
慌ただしい雰囲気。


「どうか、なさいましたか?」

仲達が何か言っているような気がした。
だが、意識が阿斗の方ばかりにいって、何を言っているのかはわからなかった。
おかしい。
どんどん、阿斗の通信が受信されていく。
けれど、自分に宛てたものは一つもなくて、
全てが悲痛な声で綴られているようで、
気が狂いそうになる。
誰かが私を必死に呼んでいる気がする。
だが、阿斗の声が強すぎて聞こえない。
頭が痛い。
泣くな。
泣くな、阿斗。
私を狂わせるな!


想いが通じたのか、阿斗からの通信がぴたりと止む。





『呉にはお母さんもいるのに……』





それが、怒濤の波のように送られてきた通信の最後の通信だった。


「子桓様!」


現実に戻った時、隣にいたのは仲達。
その顔は珍しく心配気だった。

「仲達、私は……」

私はその時、自分の体が汗だくだったことに気付く。

阿斗の鳴き声。


痛かった。


泣くな。


泣くなよ、阿斗。


調子が狂う。


お前はへらへら笑ってればいいんだ。


しばらくして、阿斗から通信が入った。今度は自分に宛てたもののようだ。

『ごめん、父上に通信したつもりだったんだけど、全部、子桓に行ってたみたい。』

そんな内容。とりあえず落ち着いたのだなと、私は胸を撫で下ろした。
あのまま壊れて、もう戻れなくなってしまうのかと思った。
もう2度と、阿斗から通信を受けることはないのかと。
私とあいつ、二人だけの通信。
返さなくては。
でも、何て?

「素直な気持ちを送れば良いのですよ。」

一瞬、仲達があまりにも丁度良く返してきたから、自分が口に出して喋ってしまっていたのかと思った。だが、そんなはずはない。

「やはり、子桓様も“想通信”をなさっていたのですか…。」

私は仲達の言葉にうまく整理ができないでいた。その時の私は自分で見るのも耐えがたい阿呆面をしていたと思う。
やはり?子桓様も?想通信?訳がわからない。

「何だ、想通信とは?」

自分の中だけでは処理出来ず、私は訊いた。

「神の悪戯…ですよ。」
「訳がわからん。もっとわかるように話せ、仲達。」
「そうですね。離れた場所でも一瞬で送れてしまう恋文…でしょうか。」

意地悪い笑みを浮かべる仲達。
恋文……。
私と阿斗が恋文を送り合っていたというのか、この男は。

「くだらんな。」

「そうですか?素敵ではありませんか。」

「そういうことを誰かとしているのか?お前は。」

「ええ。蜀にいる誰かさんと。」

私は言葉に詰まった。てっきりこの不思議な現象は自分だけだと思っていたこともだが、余りにも仲達がはっきりと言ってくれたからだ。それに、“蜀”と言う言葉にどうしても反応してしまう。阿斗がいる国。

「私の通信相手が言っておりました。阿斗様が曹丕殿の話をするようになった、って。それでもしや、と思ったのですが…」

「なっ!あの馬鹿!!」

馬鹿は自分だと気付くのが遅かった。やられた。これでは私が阿斗と繋がっていることがばればれではないか。案の定、仲達は苦笑い。仕方なく、それ以上惚けるのはやめた。

「仲達は…どうしたい?どうなりたい?その相手と。」

誰が仲達の通信相手なのか、何となく想像はつく。通信相手は真逆にいるようでどこか似ている人物。私がそうなのだから、おそらく仲達もそうなのだろう。そして、蜀、となると一人しか思いつかない。

「会いたいですね。」

「会いたい?」

意外なようで、想像がつくような答えだった。

「例えそれが戦場でも、会いたいです。それが私の素直な気持ちですよ、子桓様。」

その時、私は思った。仲達とあの男に、入る余地はない。いや、入りたい訳ではないが。私と阿斗のように、仲達とあの男も二人だけの通信をしているのだ。他の人間ではわからない感情、それを伝えあって、時には反発して。

「私はその想いを奴に伝えています。子桓様も素直な想いを伝えられてはどうですか?」

素直な想い。

私の素直な想いは何だろう。

会いたい。

会いたい気がする。

でもそれだけでもないような気がする。

「ゆっくりで良いですから。」

仲達は私の心の声を読んだように言うと、そっと私の部屋を出て行った。


ああ、そうか。


私の想いは……



私は頭の中の通信機を取り出し、阿斗への返信を書き始めた。


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