『想通信-オモイツウシン-』
自分の脳内に、誰かからの通信(メール)が届く。
ある時から、その奇妙な現象は始まった。
最初に届いた通信は本当に他愛のないもの。
『今日、初めて馬に乗れたよ。』
幼さを感じる通信。私は馬鹿馬鹿しいと思いながら、その通信を削除する。
通信は返さなかった。
けれど、それからも通信は続く。
毎日、毎日、寝る前にどうでもよい通信が届いた。
『とてもおいしい肉まんを食べた』とか、『今日は満月だ』とか。
だから何だ、と私は思う。
読まなければ良い話だが、自分の頭に未開封の通信が溜まっていくのも何だかうざい。
そんな日々がしばらく続いたある時、私は耐えかねず一通の通信を返した。
『いい加減にしろ!お前、今度送ってきたら殺すぞ!』
と。その一通に、今までずっと溜まりに溜まっていた想いを全てぶつけた。
何故だか妙にすっきりしたので、私は気分上々に寝床につく。
しかし、通信はまたすぐに返ってきた。
『わあ!初めて通信を返してくれたね。』
脅した効果は全くなかったようだ。
考えてみると『殺すぞ』と言ったって、どこの誰かも知らないのだから出来る訳がない。
通信の内容から、子どもであることは想像出来るが、他にこの送信者のことで知っていることはなかった。
『お前、名前は何という?』
とりあえず、名前、だ。
名前さえわかれば、曹家の力で簡単に見つけ出せる。
名前を出して、見つけ出したやつには報酬を与えるとか言えば、民も兵も血眼になって探すはずだ。
ここ最近の睡眠を妨害した罪は重い。
さて、どうしてやろうか・・・・・・
通信が返ってきた。
今までは億劫だったが、今回だけは意気揚々と通信を開いた。
『僕は劉禅。みんなは阿斗って呼ぶけどね。』
通信にはそう書かれていた。
「劉禅か。劉禅っていうのか。・・・・・・劉禅?」
そこで私は何か引っかかるものに気付く。
劉禅、どこかで聞いた名前だ。
「・・・・・・阿斗?」
しばらく考えて私ははっとした。
阿斗。
劉備の息子だ。
あの、出来が悪いって噂の。
全てが一つに繋がって、思わず私は声をあげて笑った。
『そうか、お前、あの阿斗か。』
あまりに可笑しかったので、私は嫌みを込めて通信を返した。
まさか一月睡眠を妨害してくれた送信者が、敵対勢力の君主の息子だったとは。
出来が悪くて、父親にも見放されているって噂の、あの、阿斗だったとは。
そこで私の笑いは止まる。
蓋が外れたのだ。
開けてはいけない箱の、蓋が。
「」
違う。
「−だ。」
私は違う。
「曹操様は大したお方だ。官渡での戦なんて、あの大軍を相手に」
言うな。
「それに比べて曹丕様は−。」
・・・言うな。やめろ。言うな!!
「戦が下手で、曹操様も嘆いているって。」
聞いてしまった兵達の声。
ただの一般兵の言葉なのに、心臓を抉られたような感覚に陥った。
忌々しい記憶。
私は違う。
私は違うのだ。
私は阿斗ではない。
そして、曹孟徳でもない。
気がついたら、返信が来ていた。
何故か二件だ。
一件に纏めれば良いのに、と虚ろな頭でぼんやりと想う。
『僕を知ってるの?』
−ああ、知ってる。臆病者で役立たずの笑い者だ。
『そういえば、僕は君を知らなかった。君の名前は?』
・・・。
『曹丕。字は子桓だ。』
無視することも出来たはずなのに、その時、何故私が律儀に通信を返したのかは覚えていない。
それにしても、今まで知らないで私に通信を送ってきていたのか。
まあ、でも私の名前を知ればもう通信を送ってくることはなくなるだろう。
敵対勢力であるわけだし、身分の差だってあるのだ。
あいつと私では、違い過ぎる。
ごろん。
私は再び、寝床に入った。
もう、これで夜を邪魔されることはないだろう。
そう、いえば−。
眠る前、私はあることに気付く。
『そういえば、お前初めて私のことを訊いたな。』
何故か、私はその言葉をあいつに送信していた。
だから何だと想う他愛もないことだ。私らしくない。
阿斗はどんな想いでこの通信を読むのだろう。
いい気になってまた返してくるのだろうか。
それとも、どうでも良いことと嗤うだろうか。
なんて考えてしまうのも、らしくない。
きっと眠いからだ。
私はそう自分に言い聞かせて、眠りについた。