ぶふっ!
今日も呂蒙は鼻血を出していた。
本日五回目。
日常茶飯事と言っても、さすがに心配になってくる。
一度に3つ以上のことを考えるとのぼせて失神する、最近はそれだけではないようだ。
「何か、呂蒙のためにしてあげられることはないのか。」
そう言ったのは、ミ番璋(はんしょう)だった。
他の将達も皆、考えは同じ。
そうして彼らは結成される。
『呂蒙殿を癒してさしあげようの会』
「この布陣をこうして、ここはああで……」
呂蒙は自室で布陣図を見ながら策を練っていた。
布陣図は鼻血で一部染まっているが、まあいつものことなので気にしない。
ふと、人の気配を感じて呂蒙は振り向いた。
「おお、甘寧か。」
そこにいたのは甘寧。
「ニイハオ」
で、いつもの挨拶は忘れない。
だが、無口な甘寧はただ挨拶をしただけ。
調子はどうだ?とか、そういった言葉はない。
「ど、どうした甘寧?」
甘寧が呂蒙の部屋に来たのは他でもない。
甘寧も『呂蒙殿を癒してさしあげようの会』の会員だからだ。
そして運があるのかないのか、甘寧はくじ引きで呂蒙殿を癒してさしあげる一番手となってしまったのだった。
しかし、何をするか全く考えていなかった甘寧は、今すごく困っている。
その様子を小さな覗き穴から見ている他会員達。
皆、あの誰かを『癒す』ことが想像できない甘寧が、一体何をするのか興味津々だ。
「うむ。」
甘寧は何かを思いついたようで、すっ、と呂蒙の後ろに回った。
もみもみ………もみもみ……
覗き穴から覗いている他会員達は、甘寧の行動に思わず声を失う。
あの甘寧が、肩揉んでる−−。
異様だ。この光景は異様だ。
「急にどうしたんだ、甘寧。」
だが、呂蒙自身はまんざらでもないようで、甘寧を拒んではいない。
もみもみ………もみもみ……
「あ〜気持ちいいな。甘寧、おまえ、こういうの向いているのではないか?」
予想以上に呂蒙に好評で、嬉しそうな甘寧。
むしろ呂蒙の笑顔で甘寧の方が癒されているようだ。
その様子が凌統には気に入らない。
ピー。
凌統は笛を鳴らす。
これは『癒し時間』終了の合図だ。
この笛が鳴ると、次の会員と交代しなければならない。
会員規約は絶対。
それを破ると、呂蒙に近づけなくなるという。
ちっ、と舌打ちして甘寧は呂蒙の部屋を後にした。
甘寧が部屋を出ると、にやりと嫌な笑みを浮かべる凌統が待っていた。
「呂蒙殿、いかがですか?」
二番手は凌統。
やはり、皆、覗き穴にへばり付いて凌統の様子を見る。
「ああ、凌統か。今、甘寧が来て肩揉みしてくれたおかげで、もう少し頑張れそうだ」
と言う呂蒙。
覗き穴からは少しむっとした凌統が見えた。
凌統は甘寧に対し、少なからず対抗心を抱いている。
父親が甘寧に殺されたこともあるかもしれないが、甘寧が戦で重宝されることが一番の要因らしい。
「私も呂蒙殿を気持ちよくしてさしあげますよ。」
一体何をするのか、他会員達は息を飲んで見つめる。
「気持ちよくって、お前も肩揉んでくれるのか?」
期待の眼差しで見る呂蒙。
しかし凌統は肩揉みをする気はなかった。
「いえ、呂蒙殿、一緒に寝…」
ピーピーピー!!
凌統が全てを言い終わる前に、多数の笛の音がなる。
色んな意味で「ピー」とならさないといけない雰囲気だった。
会員規約は絶対。
この笛がなったら、次の会員と交代しなければならない。
ちっ、と舌打ちして凌統は呂蒙の部屋を後にした。
凌統が部屋を出ると、にやりと嫌な笑みを浮かべる甘寧が待っていた。
「失礼するよ、呂蒙」
「おお、ミ番璋殿!」
三番手は言い出しっぺのミ番璋。
「今日は甘寧に凌統に、客人が多いな。」
どうやら呂蒙は一連の来客を偶然と思っているようだ。
「はは、そうですか。まっ、呂蒙、一度筆を置いて飲まんか?」
と言って、ミ番璋は酒を出す。
「いいですな!」
一言で言えば、ミ番璋は普通だった。
見ていて特に変わったことはない。
酒を共にして、小話を言い合って。
だから、つい皆、笛を鳴らすのが遅れた。
つっこみどころがあれば、そこで鳴らすのだが。
笛が鳴ってミ番璋が帰って来た時、ミ番璋は満足そうな顔をしていた。
何となく敗北感を感じる他会員達。
「じゃあ、次は俺か。」
四番手、蒋欽が立ち上がる。
その時だった。
「何をなさっているのですか?皆さん。」
聞き慣れない声がした。
「ここって呂蒙殿の部屋ですよね。」
その人物は、男目から見ても、美形で、品がある、そんな人物だった。
確か、名前は陸遜。
他会員達は、あまり接点がないので詳しくは知らない。
だが、確か呂蒙とは親しいとか、そんな話だ。
「で、何をなさっていたのですか?」
陸遜の顔には、疑心の色が見えた。
まあ、覗き穴を作って、多人数で個人の部屋を覗いていたらそれは確かに怪しい。
仕方なく『呂蒙殿を癒してさしあげようの会』は正直に話すことにした。
「なるほど。確かに呂蒙殿の様子は私も気になってました。」
ミ番璋が一生懸命説明し、陸遜は納得してくれたようだった。
それだけなら良かったのだが。
「わかりました。私も参加しましょう!」
とか言いだし始めた陸遜さん。
行動の早い陸遜は、早速呂蒙の部屋に入る。
四番手蒋欽の出番は完璧に無視されていた。
「呂蒙殿!!」
「おお、陸遜。どうした?」
ふっと笑う陸遜。
一体何をし始めるのか。
他会員達は陸遜の様子を生暖かく見守る。
「私があなたを癒してさしあげます!!」
直球過ぎるだろ!!
覗き穴の外で会員達は皆一様にツッコミを入れる。
不安だ。何か不安だ。大丈夫なのか、こいつ。
「癒すって…?」
他会員達の想いを感じることはなく、陸遜の暴走は続く。
「私を見てください!!この完璧な顔!体!!癒されるでしょう?!癒されますよね?!」
……。
しばしの沈黙があった。
顔は笑っているが、陸遜はその沈黙が気にくわなかったみたいだ。
「ね?」
「は、はい……」
威圧的に問う陸遜に、思わず「はい」と答えてしまう呂蒙。
『癒す』どころか、『怯えさせている』気がする他会員達。
何かもう、『呂蒙殿を癒してさしあげよう』の企画は失敗だった気がしてきた他会員達。
場の空気が冷たかった。
「何の騒ぎだ?」
そんな冷たい空気が、一瞬にして消えてしまうその一声。
孫権だった。
「殿!」
覗き穴前で怪しく座り込んでいた他会員達も、君主を前にして立ち上がる。
陸遜も取りあえず落ち着いたようだ。
「で、何の騒ぎじゃ?皆、呂蒙の部屋に集まって。」
その一言に呂蒙もついに壁に張り付いている『呂蒙殿に癒されたいの会』…ではなかった、『呂蒙殿を癒してさしあげようの会』の存在に気付く。
「お前ら……。」
しかし、彼らの真意が呂蒙にはわかっていないようだ。
呂蒙は、状況がいまいちつかめていない様子で会員達を見ている。
「んん?」
疑心の目で見る孫権に、いち早く口を開いたのはミ番璋だった。
「わ、私達は、総司令として頑張っている呂蒙の為に何かできたらと…。」
しかしうまく言葉が出てこない。
言葉が詰まるミ番璋に助け船を出したのは陸遜。
「『呂蒙殿を癒してさしあげようの会』を設立し、こうして呂蒙殿を癒しに参ったのです。」
あんた、全然、癒せてなかったけどな。
というツッコミは置いといて。
陸遜の言葉に、ようやく呂蒙は全てを理解した。
軍事では鋭い感覚を持つ呂蒙でも、こういったことに関すると呂蒙は鈍い。
呂蒙にははっきり言わなければ伝わらない、陸遜はそのことを知っていた。
「そうか……。幸せ者じゃな、お前は。」
孫権が呂蒙を見て笑う。
孫権自身も、こんな臣下を持てて幸せだと感じていた。
いや臣下ではない。
呉に生きる者は皆、家族なのだ。
「ありがとう、皆。」
呂蒙の口から素直な感謝の言葉が出る。
その言葉に、暖かな何かを感じて。
皆は想う。
『呂蒙殿に癒されたいの会』、成功!!
と。
終