何をしたら良いのか、わからなかった。
何と声をかけて良いのか、わからなかった。
必死に笑顔を作るあなたが痛くて、
私は逃げ出した。
花園。
ここは現実の世界ではないようだ。
まるで、天国。
ここでならば、あなたが会いたいと願うあの方に
会えるような気がした。
『天国に咲く花』
「あっれ〜?周泰さんだ〜!」
珍しそうな声をあげるのは、周泰が最も苦手とする少女だった。
小喬である。
無口な周泰は、何かと騒がしい小喬とは正反対の位置にいた。
何故彼女がここにいるのかはわからなかったが、とにかく周泰はここに来たことを後悔した。
自分でも花園なんて似つかわしくないことはわかっている。
それにしても…
「えへへ〜周泰さん、これあげる〜」
と言って小喬は花で作った冠を周泰の頭に乗せた。
小喬はいつもと変わりない。
無邪気な顔で、『楽しそう』だ。
その様子が、周泰には理解不能で腹立たしかった。
どうして、孫策様が亡くなったという時に、笑っていられるのだ?
「…いいですっ…」
思わず周泰は小喬のくれた花冠を投げ捨てた。
周泰はいつもと変わりない静かな男を装いたかったが、口調にどうしても怒りが表れてしまう。
小喬だって孫策とは親しかったはずだ。
自分の義兄にあたる人物な訳だし、夫の周喩とは親友で、よく夫婦二組四人で仲良く話していたのを見た。
それなのに、何故笑っていられるのだ?
何故、いつもと変わりなくいられるのだ?
「周泰さんも、花を摘みにきたの〜?」
周泰の苛立ちを無視して、小喬はなおも笑う。
一体どれくらい花を摘んでいたのだろう。
その小さな手からは既に花が溢れ落ちている。
そんな小喬を見て、他にもっとするべきことがあるのではないか、と周泰は更に腹立たしくなる。
「…いえ…」
だけど、そうだ。自分はここに何をしに来たのだろう。
本当に孫策様に会えると思った?
まさか。
逃げてきただけだ。
孫権様が、辛そうな顔をしていたから。
かける言葉が見つからなかったから。
「周泰さん。」
周泰を現実に呼び戻したのは小喬の呼ぶ声。
気のせいだろうか。
周泰には一瞬、小喬の顔に暗い影が映ったように見えた。
でも、気のせいだろう。
次の瞬間には、小喬は悪戯を思いついた子どものように、にやりと笑っていた。
「花、持って!周泰さん!」
と、小喬は腕の中にあった花を強引に周泰に持たせる。
周泰は突然のことで、何が何だかわからず動揺していた。
しかも、小喬はまだ花を摘むようだ。
まだ足りないというのか。
何とか言い訳をしてこの場を離れよう。
そう感じた周泰は、花を小喬に返そうと近寄る。
「…しょ、小喬様…」
「周喩様ね…泣いてたんだ。」
周泰の言葉を遮って、小喬は言った。
その声はいつもと同じように明るく聞こえるが、どこか哀しい。
小喬は続ける。
「お姉ちゃんも、泣いてた。」
花を摘む少女の顔は周泰からは見えない。
いつも通りの声だから、いつも通り笑っているように思えるけれど。
見えるのは小さな背中だけ。
「ひどいよね、孫策様……私の大事な人を二人も泣かせるなんて。」
「好きなら、笑わせてあげたらいいのに。泣かせるなんてサイテ〜。」
周泰は何も言えなかった。
小喬がどんな表情で、何を想って言っているのかがわからないから、適切な言葉がわからなかった。
泣いてるのか。
笑っているのか。
「だから、私が周喩様とお姉ちゃんを笑わせてあげる。孫策様に盗られちゃった笑顔を取り返してあげる。」
振り向いた小喬は、笑っていた。
しかしその表情は、周泰が知る少女ではなく、まるで、子どもを護る、強い意志を持つ大人の女性のような、そんな笑顔だった。
小喬は皆が思っているより、ずっと大人なのだ。
「…花…」
そして、周泰は理解した。
この花の意味。
彼女はただ遊んでいただけではなかった。
「ああ、うん。周喩様と、お姉ちゃんに!あと、孫策様にもね。」
少女が詰んだ花は色とりどりだが、妙に統率がとれていて、まるで完璧な布陣のように美しい。
小喬は無鉄砲に摘んでいるのではない。考えて摘んでいるのだ。
周喩と大喬が喜ぶように。
「…花を貰うと元気になるのですか…?」
あの人も元気になるのだろうか。
小喬が詰んだ花を見て、周泰はぼんやりと思った。
「なるよ〜!きっと、周泰さんがあげたいと思っている人もね」
自分の考えてたことを的中されて、周泰は思わず顔を赤らめる。
女の勘というのか、周泰がわかりやすいだけなのか。
周泰の様子を見て、小喬はからかうように笑った。
「…1つ、貰ってもいいですか…?」
花園。
ここは現実の世界ではないようだ。
まるで、天国。
ここでなら、あなたの会いたいと願うあの人に
会えるような気がした。
でも会える訳がなくて、代わりに出会ったのは相容れないと思っていた一人の少女。
「いいよ〜孫権様によろしく。」
少し、少女を誤解していた。
少し、少女を知ることが出来た。
彼女は強いのだ。
強いから笑っていられるのだ。
周泰は、一輪の花を持って、若い君主の元へ足を運ぶ。
孫権は仮眠をとっていた。
孫策様が亡くなって。
まだ十代だというのに継ぐことになって。
色々あったから疲れているのだろう。
周泰は枕元にそっと一輪の花を置くと、静かに退室した。
数刻後、目が覚めた孫権は一輪の花を目にする。
枕元に置かれたその花は、誰が置いたものかはわからない。
けれど、その一輪の花は強く咲き誇っているようで。
見ているだけでも、力を与えてくれる気がした。
「兄上…見ていてくだされ。」
孫権の碧眼にようやく光が宿り始める。
戸惑いにさよなら。
哀しみにさよなら。
大丈夫。
私には仲間がいるから。
笑っていられる。
天国の花園。男は馬を駆り、走り回っていた。
どこからか聞こえた弟の声。
「ああ、見ててやるよ。」
聞こえるはずはない。だが、孫策は笑って、自分を超えようとする弟に、そう答えていた。